脳梗塞の症状
脳梗塞は、壊死した領域の巣症状(その領域の脳機能が失われたことによる症状)で発症するため症例によって多彩な症状を示す。症状から責任病巣を決定することができる(神経診断学)。
麻痺
運動の障害を意味し、もっとも頻度の高い症状が麻痺である。中大脳動脈の閉塞によって前頭葉の運動中枢が壊死するか、脳幹の梗塞で錐体路が壊死するかで発症する。
多くの場合は、片方の上肢・下肢・顔面が脱力または筋力低下におちいる片麻痺の形をとる。ただし、脳幹梗塞では顔面と四肢で麻痺側が異なる交代性麻痺を来すこともある。
感覚障害
感覚線維、または頭頂葉の感覚中枢が壊死することで出現する。感覚の鈍化または消失が起こるほか、慢性期には疼痛が出現することがありQOLへの影響が大きい。
失調
小脳または脳幹の梗塞で出現し、巧緻運動や歩行、発話、平衡感覚の障害が出現する。これに関連してめまいが出現することもある。
意識障害
脳幹の覚醒系が障害された場合などに意識レベルが低下するほか、広範な大脳皮質の破壊でもみられる。それがなくても、急性期脳の腫脹などによって全体的に脳の活動が抑制され、一過性に意識レベルが下がることがある。ラクナ梗塞で意識障害を来しにくいのは、梗塞範囲が小さいため腫脹など脳全体への影響が小さいことによる。
構音障害・嚥下障害
喉頭・咽頭・舌の運動にも麻痺や感覚障害が及ぶことで嚥下や発声機能にも障害が出現する。構音障害は後述する失語とは違い、脳の言語処理機能は保たれながらも発声段階での障害のためにコミュニケーションが不十分となっているものである。嚥下障害は、摂食が不十分となって社会復帰を困難にしたり、誤嚥によって肺炎の原因となるなど影響が大きい。
嚥下・構音障害を起こすような咽頭・喉頭機能の障害は脳幹の延髄の障害に由来することから球麻痺と呼ばれる(延髄は球形)が、より上部から延髄へいたる神経線維の障害でも類似した症状がみられるため、これは仮性球麻痺と呼ばれる。
高次脳機能障害
失語や失認をはじめとした高次機能障害の出現することがあり、これは非常に多彩である。中でも、半側空間無視(空間のうち左右どちらかが意識からはずれてしまう)が非常に多くみられる。これは大脳劣位半球頭頂葉でみられるものだが、右利きの人間の95%は劣位半球が右にあることから、ほとんどは「右利きで左片麻痺」の患者にみられる症状であると言える。逆に失語は優位半球の障害でみられるもので、「右利きで右麻痺」の患者にみられることが多い。
アテローム血栓性脳梗塞
動脈硬化によって動脈壁に沈着したアテローム(粥腫)のため動脈内腔が狭小化し、十分な脳血流を保てなくなったもの。また、アテロームが動脈壁からはがれ落ちて末梢に詰まったものもアテローム血栓性に分類される。
アテロームは徐々に成長して血流障害を起こしていくことから、その経過の中で側副血行路が成長するなどある程度代償が可能で、壊死範囲はそれほど大きくならない傾向がある。
また、脳梗塞発症以前から壊死に至らない程度の脳虚血症状(一過性脳虚血発作、TIA)を起こすことが多く、このTIAに対する対処が脳梗塞の予防において重要である。
リスクファクターは、喫煙、肥満、糖尿病、脂質異常症、高血圧など。予防は、抗血小板薬(アスピリン・チクロピジン・クロピドグレル・シロスタゾール・ジピリダモールなど)によってアテロームの成長を抑制すること、高血圧・糖尿病・脂質異常症は原疾患に対する加療・コントロールを行うこと、また飲水を心がけて血流を良好に保つことである。
アテローム血栓性脳梗塞もいくつかの機序によって起こることが知られている。一般的に血栓症は動脈硬化による閉塞である。心筋梗塞の場合はプラークの破綻によって急激に冠動脈が閉塞する場合がほとんどだが脳梗塞の場合はいくつかの機序が知られている。まずは心筋梗塞と同様にプラークが破綻する場合がある。粥腫に富み、線維性皮膜が薄い場合は不安定プラークといい、こういったプラークは容易に破綻し、血栓による動脈閉塞をおこす。血管が閉塞、狭窄するとその灌流域が血液途絶を起こし皮質枝梗塞を起こす。狭窄部が急激な血管閉塞を起こすと心原性脳塞栓と類似した脳梗塞が発生する。こういったことは頭蓋外の内頚動脈や頭蓋内の脳主幹動脈に多(血行力学性によるもの参照)い。また、血管の閉塞や高度の狭窄によって血液供給の境界領域(watershed)が乏血状態となり、さらに血圧低下などの血行動態的要因が加わり梗塞が生じる。こういったことは中大脳動脈や内頚動脈に多い。内頚動脈に高度狭窄があり、支配領域の脳血流量低下を伴っている場合には、表層前方では前大脳動脈・中大脳動脈皮質枝の境界、後方では中大脳動脈・後大脳動脈皮質枝の境界領域が最も乏血状態に陥りやすいので梗塞をきたしやすい。深部では中大脳動脈皮質枝と穿通枝の境界領域に起こりやすい。この機序によっておこる場合は発症後段階的階段状の進行、悪化が見られる(progressive stroke)。発症時間は夜に多く、起床時に気がつくことも多い。もともと極めて慢性に進行してきたと考えられ、こういった梗塞をおこす患者は側副血行路が豊富にある場合が多く、代償が可能な間は臨床症状が乏しいこともある。他には動脈硬化が原因の脳梗塞としてartery to artery embolism(A to A)というものがある。内頚動脈や椎骨動脈のアテローム硬化巣から血栓が遊離して末梢の血管を閉塞する。皮質枝にも穿通枝にも塞栓を起こしえる。心原性脳塞栓と同様活動時突発性発症が見られやすい。画像上は典型的には皮質枝、即ち大脳皮質にMRI拡散強調画像 (DWI) で高信号域を認め、散在性小梗塞巣といった形を取りやすい。もちろん小型というのは他のアテローム血栓性脳梗塞よりはということでラクナ梗塞よりは大型の病変となる。アテローム硬化には好発部位がある。基本的には日本人には中大脳動脈に多い。しかし近年は欧米と同様、頸部内頸動脈の起始部に最も多くなっている。他の好発部位としては内頚動脈サイフォン部、椎骨動脈起始部、頭蓋内椎骨動脈、脳底動脈である。
アテローム血栓性脳梗塞は他の病型よりも一過性脳虚血発作が先行しやすいと言われている。閉塞動脈の支配領域の症状を繰り返しやすいという特徴がある。内頚動脈病変では一過性黒内障が有名である。これは眼動脈、網膜中心動脈領域の虚血が起こり、患側の視力が一過性に消失する。典型的にはカーテンが目の前に降りて行くように暗くなると患者は訴える。椎骨動脈では回転性めまいや嘔吐、構音障害が起こりやすい。発作の頻度が重要であり、短時間に頻回起こっている場合はcrescend TIAと呼ばれ、主幹動脈の高度狭窄の存在が示唆される、持続時間の延長は脳梗塞の危険が切迫していると考えられる。初回TIAが起こってから 1か月以内が最も脳梗塞が起こりやすいといわれているため、入院精査と治療が必要と言われている。アテローム血栓性のTIAならば抗血小板薬を、心原性やcrescendo TIAでは抗凝固療法を行うことが推奨されている。
塞栓性(脳塞栓症)
脳血管の病変ではなく、より上流から流れてきた血栓(栓子)が詰まることで起こる脳虚血。それまで健常だった血流が突然閉塞するため、壊死範囲はより大きく、症状はより激烈になる傾向がある。また塞栓は複数生じることがあるので、病巣が多発することもよくある。原因として最も多いのは心臓で生成する血栓であり、そのほとんどは不整脈(心房細動)に起因する心原性脳塞栓である。このほか、ちぎれた腫瘍が流れてきて詰まる腫瘍塞栓や脂肪塞栓・空気塞栓などもこれに含まれるが、稀な原因である。シャント性心疾患(卵円孔開存)なども原因となる。
脳塞栓症では高率に(30%以上)出血性梗塞を起こしやすい。これは閉塞後の血管の再開通によって、梗塞部に大量の血液が流れ込み、血管が破綻することによりおきる。心原性塞栓症の際に抗血小板療法や抗トロンビン療法が禁忌である理由はこれを起こさないためである。
心房細動は無症状のことも多く心機能もそれほど低下しないため、特に無症状の場合は合併する脳塞栓の予防が最も重要になる。心房が有効に収縮しないため内部でよどんだ血液が凝固して血栓となるが、すぐには分解されないほどの大きな血栓が流出した場合に脳塞栓の原因となる。特に流出しやすいのが心房細動の停止した(正常に戻った)直後であるため、心房細動を不用意に治療するのは禁忌となる(ただし、心房細動開始後48時間以内なら大きな血栓は形成されておらず安全とされる)。
予防には抗凝固薬(ワルファリン)を用いる。抗血小板薬と併用することで予防効果が高まるという明確な根拠はなく、現在は抗凝固療法単独の治療が行われている。
ラクナ梗塞
ラクナ梗塞は本来、直径15mm以下の小さな梗塞を意味する。しかし、この梗塞は上記の2種類とは違った機序が関わっているとみられていることからそれ自体がひとつの分類となっている。
主に中大脳動脈や後大脳動脈の穿通枝が硝子変性を起こして閉塞するという機序による。ただし中大脳動脈穿通枝のうち、レンズ核線状体動脈の閉塞では、線状体内包梗塞と呼ばれる径20mm以上の梗塞となることがあり、片麻痺や感覚麻痺・同名半盲などの症状が現れることもある。後大脳動脈穿通枝の梗塞では、ウェーバー症候群やベネディクト症候群(赤核症候群)を起こすことがある。リスクファクターは高血圧。症状は片麻痺や構音障害などであるが、軽度または限定されたものであることが多く、まったく無症状であることも多い。意識障害を認めることはほとんどなく、失語症、半側空間無視、病態失認といった神経心理学的な症候(皮質症候)も通常は見られない。
多発性脳梗塞とよばれるもののほとんどはこのラクナ梗塞の多発であり、多発することで認知症・パーキンソニズム(脳血管性パーキンソン症候群)の原因となることがある。
ラクナ梗塞であるのかアテローム血栓性脳梗塞であるのかは、ラクナ梗塞のタイプを知っていると分かりやすい。症状が軽い、梗塞巣が小さいだけでは鑑別が難しくなることもあるからである。特徴としては感覚障害と麻痺が同時に存在しないタイプがラクナ梗塞ではありえるということである。
血行力学性によるもの
一時的に血圧が下がったために、脳の一部が十分な血流を得ることができなくなって壊死に陥ったもの。血栓性や塞栓性では壊死しにくい分水嶺領域に発症することが特徴的である。分水嶺領域(Watershed Area)とは、どの動脈に栄養されているかで脳を区分した時に、その境目に当たる区域のことである。この部分は、一方の動脈が閉塞してももう一方から血流が得られるため動脈の閉塞に強い。しかし、動脈本幹から遠いため血圧低下時には虚血に陥りやすいのである。診断名ではアテローム血栓性脳梗塞になる。
解離によるもの
動脈内膜の損傷により、内膜と中膜の間に解離腔が形成される。外傷でも起こるが自然にも生じる。解離のために動脈内腔が狭窄したり閉塞したり外膜に動脈瘤様の拡張をきたしたりする。近年は椎骨動脈系で多い。大したリスクのない若い人が突然の後頸部痛に伴って発症することが多い。ワレンベルグ症候群を呈することもよくある。心筋梗塞と大動脈解離は治療が大きく異なるが、脳動脈解離では治療は脳梗塞に準ずる。近年はステントなど外科的な治療も試みられており、特に慢性閉塞性血管障害ではよい適応となっている。